江戸小紋(東京染小紋)のルーツは、14世紀から16世紀の室町時代までさかのぼります。はじめは家紋として、また革製の刀装具に使われていました。室町時代の後半になると、武士たちが日常の衣服に用いるようになります。江戸時代には、小紋は武士の礼装である裃に使われ、伝統の技として発展していきました。型染めには、三つの種類があります。
大紋、中紋、そして小紋です。大紋はもっとも大きな柄で、その直径は2.3cm以上。中紋は中間の柄で、小紋がもっとも小さな柄です。大きな家紋の柄をあしらった大紋の装束は、武士の第一の礼装でした。徳川家康が江戸幕府を開くと、その倹約政策は武士の装束にもおよび、大紋の装束は裃に取って代わられます。裃には、霰(あられ)、鮫(さめ)、籠目(かごめ)といった小紋柄が用いられました。柄は武家ごとに定められ、他家がそれを使うことは許されませんでした。
それぞれの家が競うように独自の意匠と技術を磨いたことで、小紋は工芸として大きく発展しました。江戸中期になると、人々は武士の格調ある小紋を日々の暮らしに取り入れはじめます。小紋に「粋」と自由の感覚が加わったのです。明治維新(1868年)を機に、全国の小紋職人たちは新しい顧客を求めて東京へ向かいました。600年の伝統を受け継ぎ、現代的に洗練された小紋の着物は、今日ではお茶会の席で、また粋な普段着として着られています。


























